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更新日 2015-08-06 | 作成日 2007-09-15

Stories of The Rain

夢見るころを過ぎても

第四十四章 I Shall Be Released

written by Akio Hosokai

iStock_000003174281Large.jpg「泳いでいる人は、直ちに浜に上がってください」俺たちはとっくに、その浜の波打ち際でマッタリと寝ころんでいた。「今から地引き網をやりますから~」浜全体にスピーカーの大きな声が響いた。沖にいる漁船が網を降ろしている。何だ何だ?え~っ、ほんとかよ。
二時間前から男性が行方不明になっているので、地引き網で捜索するらしい。1972年8月の千葉外房鵜原海岸。なぜか俺、網を引くのを手伝った。やがて、男性の水死体が見えた。真夏のビーチライヴ。ある日の昼下がり。ライヴ演奏を控えた夕方からのハイテンションと相反したマッタリとした時間を、地引き網が引き裂いた。

確かに真夏のライヴハウスという【仕事】は、大学生にとっては大変な一大行事だったと言える。その事例は枚挙にいとまがない。がしかし、今になって思うのは、あの3週間のマッタリとした時空のこと。マッタリという表現はどうも適当でない。何だろう。期待と感動と興奮で、心も体も「ふわふわしっぱなし」…とでも言うべきだろうか。砂浜で寝ている時だけでなく、3週間の全てがそんな感じだったような気がする。この1年前、親友と沖縄に2週間も遊びに行って同じような気持ちになったが、その時とは比較にならないほど大きい感情の緊張と弛緩。何だろうね、この気持ちは。

俺ね、一言に凝縮するならば、それって解放感だと思うんだよね。そう、「♥解♥放♥感♥」。

俺のようないい加減な人間でも、社会人になり家庭を持った後は、そう言えば、解放感を感じたことはなかった。少なくとも、長期にわたって解放感に浸る日々は、皆無だった。
同世代の男どもは、みんな、そうだと思う。
だから俺、人生3回目の解放感を味わいたいと考えているところだ。「そんなに長い間二人きりなんて、ああ嫌だ!」という女房を口説き落とせずにいるのだが、昨今流行の「船旅」ってのに憧れているわけよ。南の島に長期滞在でもいいんだけどね。よし仕事をリタイヤするまでに、ショートステイでもいいから、絶対に女房を口説き落とそう。

「そんなことありません。細貝さん若いです。お歳のわりには」ゴマスリかも知らんが、職場の女子職員から、よくそう言われる。「馬鹿だから、歳とらんのよ」と答えているが、実は本当に馬鹿だから「そうかも知らん」とも思っている。若さの秘訣は?と問われれば間違いなく「ロックバンドを続けているから」と答えるつもりだ。確かに練習には厳しい部分もあるが、いろいろな世事から離れて、ロックだけの時空に浸ることができる。ある意味で浮世離れした解放感を味わえる。そう、解放されるというところがミソだ。

と言うことは、The RainをやればI Shall Be Releasedに効能がありますってことだな。